【証券会社での営業】証券会社の営業マン【我が営業キャリアの始まり】

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はい、今日もお仕事疲れましたひろです。全国のお仲間のみなさん、お疲れ様です。

ていうかやばいわ。さっき帰ってきたけど、これはもう仕事始めから2日目のペースじゃねえ!!

ツイッターでも、長期休み明けはリハビリ期間が必要!!なんてツイートを見た記憶があって、心からそれに賛同していたのに、この実情は一体…!!

さてさて、愚痴はここまでにして、今回は私の営業キャリアの始まりについて振り返ります。

昨今の就職活動事情については詳しくないのですが、来年から似たような業界に入るよって方、この記事を読んで覚悟を決めておいてもらえればと思います笑

似たような業界っていうのは、金融をはじめとしたB2Cの営業職、かつ新規開拓の必要がある営業職ですかねえ…。

もちろんそういった業界が全て私の体験とリンクしているとまでは言いませんが、こんな世界もあるんだということを知っているだけでも違うかと思いますので。

研修から配属まで

私が入社したのは国内大手証券会社の1社でした。総合職として採用され、入社後すぐ新入社員研修の為2か月間、関東にある独身寮にて、同期と過ごした時間を覚えています。

研修では基本的に、ビジネスマナーや証券に関する知識を学んでいきました。
具体的には名刺の渡し方とか、後は金融らしく株に関する勉強とかです。

ちなみに「証券外務員」という、証券業として営業を行うために必須となる資格(これがないと1人で金融商品を販売できない)があります。

この資格を入社前までに必ず取るように指示をされ、大体の同期は取得済みだったのですが、一部取得できていない方は入社後に早速、指導役からの軽い「詰め」があったことを思い出します。

詰めというのは良い言い方をすれば、営業職での「愛の鞭」といったところですね。(愛の鞭なんて良い言い方しすぎか?笑)

証券時代の中でこの時が一番楽しかったかもしれませんね。

まだ「数字」という概念に追われることがなく、寮にいたので休日も同期と関東の観光スポットを巡ったり、近くでバーベキューをしたりと充実していましたので。そんな感じで2か月が経過し、運命の配属先発表を迎えたのでした。

支店出勤初日と1年目のミッション

半分以上の同期が各地方に飛ばされていき、それ以外の同期は関東地方に残る状況の中、私の配属先は、どういった思惑が絡んでいたのかは不明ですが、出身地への配属でした。

総合職採用なので全国どこの支店にも配属される可能性があったため、まさか出身県に配属されることになるとは思っておらず、正直嬉しいような悲しいような微妙な感情だったことを思い出します。

同期にも私と同じように、総合職ながら出身県への配属者や、全く縁もゆかりもない土地への配属者など様々でした。

さて、支店に配属となり初日、慣れない裏口にある社員通用門を通り、早速支店長に同期含めお呼び出しがかかります。まずは1フロアぶち抜きの営業場にて、先輩方に簡単なあいさつ、そして営業としての初めてのミッションを言い渡されます。

少し話は変わりますが、ここで当時の私の1年目の営業目標について紹介をさせてください。

1年目は売上や収益などの項目に対して目標は持たされず、新しい口座をどれだけ開けてきたか、という「新規開拓の件数」と、お客様からの預かり資産が一定金額以上になった時に評価される「ポイント」の2項目のみで基本的には成績の評価がなされます。

そしてその目標を達成するために支店長から言い渡されたミッションとは、ずばり「名刺集めコンペ」でした。

名刺集めコンペ

内容としては、地方のお客様で大口となる可能性のある方は中小企業の代表者や開業医などの高所得者層である可能性が高い、という証券営業の経験則の下で、そういった方々の名刺を集め、肩書でポイントを付与することによって同期同士で競争をするというものでした。

詳細は異なりますが、例えば代表であれば5ポイント、経理部等の法人としてお付き合いするとしたときに窓口になる可能性のある部署の責任者の名刺は3ポイント、その他は1ポイントといった感じです。

ちなみに名刺獲得のための方法は問われませんでした。

例えば企業に直接アポなしで訪問してくるのもあり、リストを作成して電話にてローラー攻撃をかけるのもあり、また中小企業動向会のような外部のイベント等に参加してくるもありといった具合です。

それを配属初日に言い渡され、どうすればよいのかもわからず、慣れない自分のデスクに座ったことを覚えています。

その後は色々と考えましたね。私自身今までの人生の中で飛込なんてしたことはないですし、企業への電話なんてバイトへの面接申込や、就活の時に面接日程をやり取りした程度の経験しかなかったです。

近くにいた先輩から飛込とかやってみれば、とりあえず行ってみたらいいからと簡単にやり方を教えてもらいはしましたが、そんなにすぐに「はい、そうですね」と切り替えてやっていけるほど私のキャパは高くないです!と当時は心の中で思っていましたね。

そんなこんなでしばらくデスクに座って電話もせずにいると、当時の配属先の課長から呼び出しがかかりました。

そして開口一番「今何をしているの?」と質問が飛んできたんですね。

私もまだ現場の空気を何も知らなかったこともあり、馬鹿正直に「どうやって進めていこうか考えていました。」と答えました。

そうすると次に「考えて何かものすごく効率的に名刺を集めることのできるアイデアが出てくるのか?それよりもとりあえず体を動かせ。動かしながらでも考えることはできるだろう。」という指示がなされ、支店所有の自転車のカギを渡されました。

はい、要は外に出て行って名刺集めしてこいということですね。

とりあえずその場は鍵を受け取って、カバンにチラシや資料などを詰め込んで外出の準備(ランプはありません。書いていて「君をのせて」の歌詞を思い出した笑)をし、行ってまいりますと一声挨拶して、外へ飛び出しました。

その後はもう手探りです。
近くの商店街の暇そうにしているおじいちゃんおばあちゃん店主に名刺交換を持ちかけて断られたり、見知らぬ会社の受付のおばちゃんにいやな顔をされたり、時にはがんばれよと言いながら名刺交換をしてくれる心優しいおじさんに出会ったりといった感じです。

確か初日は4人配属された同期の中で一番のポイントと枚数を獲得できたと思います。

こうした名刺コンペが2週間の期限付きで実施され、ある日は電話でリスト化した開業医の電話番号に上から下までかけたり、また別のある日は訪問する地域を決めて、その地域の主要駅の周辺の会社を手当たり次第に朝から夕方までひたすら飛込訪問を実施したりといった活動を行いました。

もちろん人間なので調子の波はあります。今だから言えますが結構喫茶店に入って休憩したりといったこともしていましたね。(まあこれはどの営業の方も経験があると思うのですが…)

特に夏に入る前ということもあって、スーツを着てレンタサイクルをこぎ続けるのは体力的にもきつかったので。

毎日途中経過を上司に報告し、同期同士で比べられ、順位は日々変動していました。結果は確か私が2番の同期と僅差で1番になることができたはずです。

ですが名刺コンペはまだまだ慣らしの段階です。あくまでお客様を作ることが目標なので。というわけでこれはまだまだ私の証券営業時代の序章にすぎませんでした…!

といったところで今回は終えさせて頂きたいと思います。

書いてみると思ったよりも色々と量を書いてしまいますね。元々は今回だけで証券営業をざっと振り返ってしまうつもりだったのですが、まだ1年目の夏にも入っていないです。

というわけで次回以降も時系列で振り返っていきたいと思います!

ではでは。

↓次回記事はこちら

コメント

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